※ w部分は文章をあとで絶対に手直しするところ。 ※ ?部分は記憶が曖昧で、実際と同じかどうか確認するところ。
◆想いありてなお・5◆
「フランツ、こっち、こっちよ……はい、良くできました……おまえは本当に「はいはい」が上手ね」
「お母さん、学校にもっていくノートに、『しゃるる』って書いてよ」
「シャルル、もうナナ先生に字は習ったでしょ? 自分で書いてご覧なさい」
「やだよ、まだきれいに書けないもん。お母さん書いてよ」
フランツの死に対面したときに、おなかに宿していた子のフランツも順調に育っている。
彼にも歯が生え、はいはいをはじめるようになってから、アリーの仕事はまた増えた。
とはいえ、風邪ひとつ引かないフランツは、長男のシャルルに比べて手がかからないため、仕事は2倍までにはならなかったが。
ただ、心配なことは、彼の「血」のことだった。フランツの父親のことを考えると、彼は、もしかすると「源人」の血を継いでしまったのかも知れない。
アリーに「源人」の血が、本当に流れているのかどうかは分からない。そして現在は、目に見える兆候はないのだが……。
「もう、しょうがないわね。どのノートにかけばいいの?」
「えっと……このふたつにかいてほしいんだ。それと、フランツのノートも買ってあげないと」
「シャルル、まだフランツにはいらないわ。学校に行くにはまだおチビさんすぎるし、まだ文字は書けないもの」
「やだやだ、フランツは僕と一緒に学校行くんだよ〜!」
「シャルルったら……」
外からの風が、シャルルの栗色の髪とフランツの金髪をなでていく。
二人とも、名の元となった男性に良く似ているとアリーは思った。
とはいえ、子のシャルルは、弟のシャルルよりよっぽどわがままだけれど。
「お母さん、何で笑うの?」
「あんまりシャルルがわがまま言うからよ。フランツが聞いたら笑うわよ……ほらね」
ちょうど子のフランツが声を上げて笑った。
たまに、フランツはタイミングを計ったかのように笑うことがあった。このときもそうであった。まるで他の者の気持ちを読んだかのように……。
「僕、わがまま言わないっ」
「そうね、シャルルのほうがお兄さんみたいだものね。さあ、シャルル、名前を書いてあげるわね。ノートのここでよいのね」
「うん!」
子どもを全うに育てる決心。そういえば分かりやすいだろうか。
夫のフランツはすでに亡く、弟であるシャルルも去って数年が経っていた。
もう、彼女には何も残っていなかった。
だからこそ、何にも頼らず、自分の力で子どもたちを育てていく決心を彼女はしていた。
二人の子どもは、すでに「アリーの一部」だったから。
二人の子ども。
そして、二人の愛した人。
確かにアリーは、長い間シャルルだけを見ていたのかも知れない。
フランツを通して、シャルルを見ていたのだということを、自分でも痛いほど知った。
そのシャルルも、自分のそばにいる相手ではなかった。
しかし、それは、シャルルと永遠に分かり合えないことを意味するのではない、と、彼女は考えていた。
むしろ、お互いを愛するからこそできるのではないかと。
心のつながりがあるからこそ、離れていても、心はそばにあるのではと……。
フランツも、かつてそういっていた。
心の距離は、どんな遠さをも乗り越えて結びつくことができるのだと。
どんなに遠く離れても、心が通い合うのには障害にならないと。
その言葉を、心から信じたかった。
◆ ◆ ◆
そして、彼女がこの世を去るときに、二人の子どもに本を残した。
それは彼女の日記だった。
表紙には「日月記(じつげつき)」と名を付けて。
日月。それは、「日」と「月」のこと。
朝が来て、また夜が来るように、流れる日々を表す言葉。
自分の生きるその様も、全てサリカ様が賜った毎日であることを表すものとして。
自分の生きる様が、自分の全てであると知ったがため。
想いありてなお、生き続けるため。
Copyright of Lil Kitty, 2001-2005.
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