※ w部分は文章をあとで絶対に手直しするところ。 ※ ?部分は記憶が曖昧で、実際と同じかどうか確認するところ。
◆想いありてなお・4◆
忙しい夫を待つことに、アリーもずいぶん慣れてしまっていたたある日。
就業時間を過ぎ、いつもの帰宅時間になってもフランは帰ってこなかった。
すでに、バドッカの就寝の鐘は一刻以上も前にならされていた。
「きょうは、いやに遅いわね……」
アリーは、ため息をついて、台所の椅子に腰掛けて待つ。
おなかの子の……父親の話は、フランツにはまだしていないでいた。
フランツは、まったく気づいてはいないようだったが、いつか話をする必要はあると思っていた。
がたん。
ようやく帰ってきたフランに声をかけようと、席をたつ。
「あ、フランツ、おかえ……テューレさん?」
しかし、目に飛び込んだのは、フランではなかった。
慌てた様子のテューレが家に入ってくる。息せき切って。
イヤな胸騒ぎがした。
「どうしました?」
「お姉さん……誠に言いにくいことなのですが……気を確かに持って聞いてください……」
「何かあったのですか?」
「本日の夕方、殺人犯がガヤン神殿の留置所から脱走しました……その際に、フランツさんに斬りつけ……ました」
「……!」
彼がもってきた知らせに、アリーは顔面蒼白になった。
「フラン……大丈夫なんですか?」
「す、すみません、僕は怪我の状態はよくわからないのですが、腹部を剣で刺され……出血がひどいようです」
「……」
「すぐにペローマの病院に運ばれました。そちらにフランツさんがいます。あの……一緒に来ていただけますか?」
「もちろんです、あの」
「おとーしゃん、どうしたの」
まさに子のシャルルについて、ブレンダに預けようと考えたときに、隣の部屋にいた彼が音を聞きつけて出てきた。先ほどまで寝ていた彼は、パジャマのままお気に入りのクマさんをつれてきていた。
「お姉さん、シャルル君はブレンダに任せてください。今僕が一緒に連れて行きますから」
「はい、お願いします……シャルル、お父さんが怪我しちゃったみたいなの。だから、お母さん、神殿まで行ってくるわね。テューレおじさんとブレンダおばちゃんの家に行っててくれる?」
「ぼくもおとーしゃんとこ、いくよぅ」
「ううん、先にお母さんだけ少し見て来るから、先におばちゃんの家に行っていてね」
「……」
何かを察したのか、シャルルはおとなしく頷いた。
「いい子ね、シャルル。少しだけ、待っててね」
聞き分けのいいシャルル。
本当に、フランツによく似ている、と改めてアリーは思った。
◆ ◆ ◆
白い壁の病院。昼も夜も「静謐」という言葉が合う場所。
テューレに変わってやって来たガヤンの神官につれられ、アリーはペローマの病院に入っていった。
彼女が駆けつけたときには、すでにフランツは出血多量のため、朦朧とした状態でであった。
女医となったナギが多忙な中、飛んできて診ていてくれたらしいが、残念ながら傷が深く、出血をとめても、すでに致死量を超えて出た後だった、と言うことだった。
アリーがフランツの名前を呼んで駆け寄る。フランツは、すでに見えていない目を向ける。
「……ア、リー……」
「フラン、私よ、遅くなってごめんなさい、やっと来たわ、私よフラン……」
すでに朦朧としているフランツが、果たしてアリーを認識できたかどうかは分からない。が、名前を呼び、彼はかすかに笑いかけた。
「大丈夫?いたいの?」
「だい……じょうぶ…それより、早く……」
「何?」
「僕は、知っていた……よ」
「え?」
アリーは、一瞬、心臓が早くなる。
フランツは、アリーの頬に手を伸ばす。手を伸ばした際にめくれた掛け布。腹の包帯が真っ赤に染まっているのが見えた。
「何を知ってたの? フラン」
「キミが、いままで、何を見ていたか」
「フラン、もう話すのをやめて、血が……」
「キミが、僕を通して、別の人を見ていたことを」
「……フラン?」
アリーは、ぎくりとした。
別の人?
「フラン、何を言って……」
「僕は、謝らなければならない……以前に、キミの日記を見てしまったことがある……たまたま、開いていたのを、つい」
「いいのよ、そんなこと……」
日記など、過去の言葉をつづったもの。
現在に勝てるものがあるだろうか。
しかし、宙を見るフランツには、すでにアリーの言葉は伝わっていなかったようだ。
「君の日記には、ある男性のことばかり書かれていたね。きっと、君はその人に好意を寄せていたんだね……その人が、シャルルくん、なのだね……若い頃いなくなった弟の……」
「……フランツ、あのね、彼は」
彼は「弟」だからと、言おうとした。
が、自分で言いかけた言葉を飲み込んだ。
アリーにとって、彼は「何者」なんだろう?
自分で答えが出ていなかったから。
「僕はもうすぐ、サリカ様の元に行く……よ。だから……もう、心配しなくていい……僕のことを見なくても、いい、から……」
がくりと手がうなだれた。
その手は、まだ暖かいのに。
自分が弟のシャルルのことを心配していた間、ずっと見ていてくれたフランツ。
子どもに「シャルル」とつけても、何も聞かずに、そっとしておいてくれたフランツ。
いつでもやさしかったフランツ。
いつでも笑ってくれたフランツ。
アリーは、その日、心の底からフランツに詫びた。
◆ ◆ ◆
フランの体をペローマ病院においたまま、アリーは一旦家に戻ってきた。
家では、フランの上司であるベランジェールが、待っていた。
彼は玄関で倒れるように地べたに手を着いた。絞るように苦しげな声で話しはじめた。
「……アリー……すまなかった」
「ベランさん……何も、ベランさんが悪くなんて」
アリーは、ベランにかけよった。先ほどまで我慢していた涙が堰を切ったようにあふれ、彼の姿がぼやけた。背の高い彼は、まるで岩のような塊に見えた。
ためらわずそのカタマリwに抱きついた。
「ベランさんが悪いことなんて何も……ありません……」
「職務上の責任は、私の責任だ……アリー、本当にすまなかった……」
「ベランさん……やめてください、私に頭を下げるなんてしないで」
「……」
ベランは歯をくいしばっていた。きつく握った手からは、血の色が失せていた。
アリーは、その冷たい手に触れた。自分の涙が、ベランの手に重ねていた自分の手の甲に落ちた。
「ベランさん……誰かのせい……なんかじゃないです……フランがいなくなってしまったことは寂しいです、でも、それがベランさんのせいなんかじゃないです」
「……」
ベランは一言も発さず、ただ床を向いたままだった。が、アリーは続けた。
「悪いのは犯人でしょう? ベランさんではないでしょう? だから……その、犯人を追うことに全力注いでください……」
「……」
「仕方のないことだったのだと思っています。何かが掛け違っただけだと。でも、それが、ベランさんのせいではありません」
「……」
「うまく説明できないですが……お願いです、ベランさん、自分を責めないで」
「しかし、部下が犯人を離してしまったのです。それは、事実なのです。そして、なくていいことが起こってしまった……」
「わからないけど……これから、同じことが起こらないよう、きちんとしてくだされば……フランも理解してくれると思うんです……今のベランさんの気持ちも分かります。もし、私に謝るぐらいなら、これからガヤン神殿が良くなることを約束してください」
「アリー……わかった。約束しよう。……今後、同じことは、この地区では起こさせない。絶対だ」
「ベランさん……ありがとう。きっと、フランは、その言葉をほしがっていた気がするわ……」
「アリー……」
泣き崩れたアリーを受け止めるように、ベランはがさがさに荒れた手を差し出した。
◆ ◆ ◆
数ヶ月後、彼女は男児を出産した。シャルルの出産に比べると軽くすんだ。
あれだけのショックなことがあっただけに、流産せずに子どもが生まれたことを周囲も喜んだ。
生まれたばかりの男の子は、良く泣いていた。そして、シャルルより少し濃い茶の髪の毛をしていた。
たぶん、大きくなれば、美しい栗色の髪となるだろう。アリーより濃い色の髪の毛であれば、フランに似ているように見えるだろう。
この子の誕生は、誰よりフランツがとても望んでいた。
だから、この子には、一番の想いをもっていたフランツの名前を付けよう。
たとえ、この子の父親がフランツではなくとも。
そうして、アリーは、次男に「フランツ」と名をつけた。
Copyright of Lil Kitty, 2001-2005.
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