※ w部分は文章をあとで絶対に手直しするところ。 ※ ?部分は記憶が曖昧で、実際と同じかどうか確認するところ。
◆想いありてなお・1◆
その年、鬼面都市バドッカは例年になく暑い夏を迎えていた。
直接日が差す面積の少ないバドッカ右目地区でも一日じゅう暑い空気が肌にまとわりつくほどだった。
すでに日は暮れ、まもなく昼の喧噪が夜の静寂へと生まれ変わる時間を迎える頃。
とある小さな家にすむ金色の髪の娘が、ひとり家で下着姿のまま2着の服の前で小さくため息をついていた。
彼女はアレクシス・シュテロッチ。周囲からはアリーと呼ばれている。彼女にはすでに両親はなく、双子の妹のブレンダと、5つ年の離れた弟、シャルルとの3人暮らし。妹のブレンダはアルリアナの信者で、弟のシャルルは、未だどの月も信奉していない。
アリーの目の前には、白と青の服が掛けられてある。白はすそのひろがった、ノースリープの流行のワンピース。青の服はサリカ信者の衣装である。
どちらかといえば、家庭内ではしつけ担当の真面目な彼女が…日頃なら、奔放な双子の妹のブレンダが下着姿のままなのをたしなめる役のはずの彼女が、その日はパーティ開始時間ギリギリまで、家で大いに迷っていたのだった。
バドッカ源人の復活に終止符を打った一行ら。その数ヶ月後、パーティーのリーダー格・ベランジェール宅で奥さんのナナフィーユおめでたパーティーを行うことになったのだった。シュテロッチ家の3姉弟もその会に誘われていたのである。
ブレンダは、バイト先である「6ゾロファンブル亭」から直接ベランジェール宅に向かうとのことで、すでに出かけている。彼女はパーティーでもウェイトレスをするといっていたので、多分、普段着で出かけ、そのまま「6ゾロファンブル亭」のコスチュームでパーティーに参加するのだろう。
弟のシャルルも同じくすでに出かけたいるらしく、いつも彼が使っている大人用の丈のマントが玄関に掛かっていなかった。そのマントは、以前アリーがすそに金糸で飾りをつけたもので、彼のお気に入りだった。夜空にちりばめられた星々を縫い取ったものだったが、その形が星だとは、誰にも気づいてもらったことはない……。たぶん、彼は、いつものように図書館に行き、そのあと直接パーティーに向かうのだろう。
サリカの神官服にするか。
「よそゆき」と決めている袖のない白いフレアのワンピースにするか。
今の彼女にとっては大きな問題であった。
なぜなら……今日のパーティーでは 、以前から憧れていたガヤン信者のテューレに言おうと思っていることがあるからだ。
自分が、彼に、好意をもっていることを。
そして、その一生に一度しか(作り出せ)ない大切なチャンスを、できるならば成功裏に終わらせたかったからだ。
「私をかわいらしく見せてくる、という点では白のワンピースだけれど……私そのものを見てほしい、ということは、サリカ様のもとにいる私を見てもらう、ということよね」
アリーはややしばらくしてから、キャミソールの上に青地のサリカ神官服をはおり、紫に輝く長い帯を締め、家を出た。
それほど狭くはないベランジェール・ランシュバイク家は、たくさんの人で埋めつくされていた。ホストであり、間違いなく今日の主人公の一人であるはずのベランジェールがたくさんの人に囲まれているのに所在なげにしている姿と、かたや妊婦でありながら忙しく働くナナフィーユが対照的だった。それでいて、時々視線を合わせる二人がとても幸せそうにアリーの目に映った。自分とテューレの姿も、その二人に重ねながら。
「自分もナナさんみたいにシアワセになりたい」というのが、アリーの中にいつもある想いだったから。
アリーは人混みの中にブレンダとシャルルを探す。が、程なく二人の姿を見つけ、安心した。あわせて今日話をする予定のテューレを探すが、これは見つからない。ブレンダは、片手にグラスの載ったトレイ、片手に大きなシャンパン瓶をもち、いつもの「ローストケーラ」をはいて、参加者に酒を振る舞っている。
シャルルは、アリーが彼を認めるとすぐに彼もアリーを見つけ、そばに寄ってきた。まるで見られたことを察知したかのように。
「姉さん……今来たの?」
「うん……ちょうどさっき着いたばかり。何着ていくか悩んでしまって」
「姉さんがギリギリなんて珍しいね」
シャルルは頭を少し傾けて、笑いながらアリーを見る。笑うときはいつも、少しだけ寂しそうな目をするのが彼の癖だ。
笑顔は昔と何も変わらない。けれども、シャルルを見るのにそれほど目線を下げなくても良くなっていたことに改めてアリーは気がついた。
彼は、彼女の知らないうちに成長していた。彼女が日々を忙しくして気づかない間にも。
「……姉さん、あのね、僕……」
「あっ、シャルル、何か飲み物頂いてこようか?」
シャルルが何か続けようとしたのを知って、アリーはすぐ言葉をつなげた。いま、シャルルには何を言われても答えられないことを彼女自身知っていたから。
むしろ、お互いが発する言葉で、お互いを傷つけないようにと避けようとしていたのだった。彼女は彼から離れ、オレンジとレモンのジュースを二つのコップに注ぎながら、先日のことを思い出していた。
◆ ◆ ◆
「好きだったよ、アリー。さよなら」
先日、源人の再生を阻止するために心臓部に探索に入った際、死の覚悟をしたシャルルがアリーにくれたほんの短い口づけ。
そして、姉としてではなく、一人の女性として初めて呼ばれた名前。
他の誰もが満身創痍で、しかも強い呪縛のために指一本動かすことができなかった。
源人の血を濃く引くシャルルだけが戒めから逃れることができたので、彼はその言葉と共に、実の父にとどめ?を刺そうと決心していたのだった。
自分がやらなければ、この世界が終わる。
家族だけではない。地区が、他の鼻、口地区にすむ全ての人々が、その世界に終わりを告げる。
それは、できない。
その想いから、シャルルは動いた。
戒めのせいで意識が朦朧とする中で、シャルルが放った言葉の意味も理解できず、アリーはただ夢中で彼の名を叫んでいた。
丶丶丶丶丶丶丶丶
行っちゃいけない。
シャルル、あなたは、私とブレンダの「弟」なのよ。
そのあなたを失うなんて、考えられないの。
彼が立ち上がり、ふっと寂しそうにほほえんだかとおもうと、自分の住む世界を救うために駆けだした。顔は幾分恐怖に青ざめた顔ではあったが。
しかし、それと同時に、彼が持っている感情と、自分の持つ感情が異質であることは、何とはなしにアリーも気づいてはいた。
丶丶丶丶丶丶丶丶
言っちゃいけない。
シャルル、あなたは、私とブレンダの「弟」なのよ。
そのあなたを失うなんて、考えられないの。
アリーにとっては、シャルルは「弟」だった。
彼に対する感情は、「家族の愛」だった、と彼女は思っていた。
しかし、シャルルが抱いていたのは、「恋」だったのだと、このときアリーはようやく気づいたのだった。
しかし、それと同時に、彼女は弟の気持ちを理解できないでいた。
病弱な彼が、ガヤンの神官をを目指していたのは、アリーが憧れていたから。
彼女の前で薬を飲むのを見せなかったのも、彼が弱い自分を見せたくなかったから。
アリーは、それを弟の強がりだと思っていたのだった。
弟なのに?
一時的なもの?
時間が経てば……変わっていくもの?
そのときにアリーは答えを出せなかった。
そのあと、どうやって源人の活動をとめ、無事に顔まであがってきたのかは、アリーもよく覚えていない。
ただ分かることは、奇跡的に、全ての仲間が無事に帰還できたことだけだったのだ…。
◆ ◆ ◆
ふと気がつけば、探していたはずのテューレを中心に、会場がわっと沸いた。その腕の中にはブレンダがいた。彼がブレンダにキスをしていたのだった。ブレンダもテューレの首に手を回し、彼の頬にお返しのキスをする。
流れはわからなかったが、決定的な結末だけはアリーにもわかった。周囲から二人を祝福する声と、ヤジが飛ぶ。照れるテューレに対し、ブレンダは上手にヤジを制しながら壇上に上がる。
「あー、みなさん、聞いてください! 私ことブレンダ・シュテロッチは、今日ここでテューレの奥さんになります!そして、ブレンダ・○○○になります!」
「……!」
シャルル以外の会場の全員は、すべてブレンダを見ていた。
おかけで、アリーの血の気がすっかり引いていたのは見られずにすんだのであるが。
「姉さん?」
アリーの思い人を知っていたシャルルは、彼女に声をかけたが、すでに遅かった。
彼女は、その場で何もできずに止まっていたのだった。
「姉さん、大丈夫?」
「……」
「姉さん?」
「……ごめんね、シャルル、ちょっとだけ姉さんをひとりにして」
「姉さん……」
心配するシャルルを置いて、アリーは一人になるためにその部屋を出て、テラスへと移動した。
周りから彼女にかかる祝福の声を半ば無視しながら。
すでに先に涼みに出ていたクロットが、一人ワイングラスを揺らしていた。
クロットは、アリーやブレンダと一緒に、「源人」の戦いに挑んだ一人である。肉体は、女性と男性の両方を持つという、特異な体質。
ただし、服を着ている間は、とびきり美しい女性と何ら変わりはないが。
耳と胸元を飾る宝石を光らせながら、彼女はアリーに気をとめる。
「あら、影の主役がもう引っ込んじゃっていいの?」
「主役……じゃないです」
「ブレンダが表の主役なら、アリーは裏の主役じゃないの。アンタたちは双子なんだからね」
「……」
どうしていいか分からない、という表情でクロットを見つめるアリー。
クロットはその顔を見ずに、ワイングラスを揺らしながら、まっすぐ窓の景色を見ながら答えた。
「アリーのことだから、顔面蒼白にして、会場から逃げてきたんでしょ」
「……」
「ブレンダに『おめでとう』って言えた?」
「……」
「あきれた。本当に何もできないで、その顔のまますっ飛んできたのね」
クロットがおかしそうに笑う。その表情をみるほど、アリーは泣きそうな顔になる。
「……」
「好きなら好きって言わないと、状況はこのままよ?」
もっとも、テューレはもう選んでしまったようだけど、とクロットは付け足した。アリーはまだ無言のままだった。
それは、彼女も、自分が何か言ったとしても、もう変わらない状況を理解しているから。
「テューレがいらないなら、ノシ付けてあげちゃいなさいな」
「……」
クロットは、わざと軽んじたような表情で、からかうようにアリーに言う。彼女にとって辛い現実を、希薄にするように。
それが、言葉でできるなら。シャストアの力でできるならと。
「……そう、ですね」
アリー自身、テューレの告白を聞いて、自分は涙するものだと思っていたのだが、クロットの表情をみるうちに、その気分がいくぶん和らいでいることに気がついていた。
「ショックですけど……どうしてでしょう、泣いたりはできないんですよね……出るとしたら、明日以降、思い出したとき、なのでしょうか」
「そうかしら? アリー、あなたの心の中ではもう答えが出てたんじゃないの?」
「答え……?」
「そう、あなたの中に、もう答えが」
クロットが妖艶な笑みでアリーに返す。最初の頃は、クロットの色気に、女のアリーでもドキドキしたものだ。
けれども、今は「親友」と呼ぶにふさわしい相手が放つ、背中を押してくれる力強い笑みだった。
そうして少しの間、二人で外の景色を見ていたが、アリーは再度決心を固め、少しだけ笑んで、室内へと戻っていった。
「泣く必要なんてないわよ、アリー。明日も、明後日も」
クロットは、誰もいなくなったテラスで、自分自身に言い聞かせるようにつぶやいていた。
◆ ◆ ◆
「お姉ちゃん!」
部屋に入るやいなや、ブレンダが飛んできた。アリーの胸に飛び込むようにして抱きつく。
彼女の全体重を預けるようにして飛び込んでくるその衝撃はかなりのものだが、アリーもずいぶんとなれていた。
今後は、テューレが、その勢いを受け止めるのだろう。
「聞いてたと思うけど、あたし結婚することにしたの!」
「う、うん……」
「ん? お姉ちゃん、どうしたの? 具合良くないの?」
「ううん、そんなこと……それより……ブレンダ、おめでとう」
アリーは、一つ一つの言葉をしぼり出すようにして話す。
「大丈夫? よかった! やっぱり誰よりお姉ちゃんに祝ってもらいたいしね! ねえねえ、結婚式はやっぱりあのぴったりとした赤のミニのドレスがいいかなあ? お姉ちゃんには、白いフレアのワンピースで出てほしいな!」
「……ブレンダ、白って、お嫁さんの色じゃないの? ブレンダが着るべき色だと思うわ」
「そっか。でも、あたし白いドレスなんてもってないや。やっぱり花嫁衣装は自分で作らなきゃダメかなあ。あるもので安くあげて、そのお金は新婚旅行代に当てようと思ったのに〜」
「もう、ブレンダったら。本当は作りたくないだけじゃないの?」
「えへへ。お姉ちゃんは何でもお見通しだねえ。……でさあ」
「私も、裁縫はそれほど得意ではないわよ」
「う、読まれてたか」
会場がどっと笑う。満面の笑みを浮かべるブレンダにつられ、アリーも笑った。
そのとき、すでにシャルルは会場にいなかった。
そして、彼は次の日の早朝には、彼の少ないすべての荷物と共にいなくなってしまったのだった。簡単な手紙が机の上に置かれていたが、どこに、いつまで行くかはかかれていなかった。
そして、日々は瞬く間にすぎ、5年がたった。
Copyright of Lil Kitty, 2001-2005.
|