自分の意志で町を離れ、旅に出たのは、ルインにとって初めてのことであった。不安はないわけではなかったが、今の生活から抜け出たいという思いが、不安に勝っていたのだろう。 父なら、ルインの行動をみてなんと言っただろろう。 無茶だと叱ったろうか。それとも、大人として褒めてくれただろうか。
ルインは、ふと、父の最後を思い出した。
父は死ぬ間際、皺の多いその手でルインの杖を握り、その「符牒」を教えてくれた。 そして、小さい声だが、はっきりと言ったのだ。
父:「お前も・・・もう立派な大人だ」
その符牒は、父がよく口にする言葉であったし、ルイン自身も使うこともあった。何の意味があるかは当時の彼女にはわからなかったが、父の最後の言葉なのだからと、長い間心にしまっておいたのだ。 それから、一度もその符牒を口に出したことはなかった。
◆ ◆ ◆
フォーゲル村を出て、すでに数日が経った。先日小さな村に寄ったあとは、一行は野営を続けていた。慣れない野営にそろそろ疲れが見え始めていた頃、ガルギスは、ルインに声をかけた。 ガルギス:「ルイン、大丈夫か?」 ルイン :「うん・・・ちょっと疲れてるけど、寝れば大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」 ガルギス:「いや・・・まあ、な。オレが守ると約束したからな」
ガルギスは、頬をぽりぽりかきながら、答える。
ガルギス:「ところで、ルイン」 ルイン :「なあに、ガル?」 ガルギス:「この前の・・・オーク退治したあと、お前、盗賊の頭に『盗みをやめろ』って言っただろ」 ルイン :「・・・うん」
ルインの声は恥ずかしさのため小さくなった。あれは、盗賊の頭の状況や気持ちも考えないで、子供じみた思いつきを口にしたから伝わらなかったのたのだと思っていたからだ。多分、軽はずみな発言を責められるのだろうと思い、身を固くした。 しかし、ガルギスは叱らなかった。
ガルギス:「オレ・・・いいと思うよ、ああいうの。 お前の一人の声はまだ小さいけど、そのうち必ず大きくなる日が来る。だから、負けんなよ」 ルイン:「・・・うん」
そういうと、ガルギスは火の番に戻っていった。 ガルギスは知っていたろうか。この言葉が、彼女をとても勇気づけてくれたことを。
◆ ◆ ◆
さらにその日の夜更けは長かった。夜中に一行のもとに、オスタードがやってきたのである。奇襲かと一行は緊張したが、そうではなかったらしい。オスタードは一行を誘うように、ラスペチア砦へと向かっていったのだった。 ミレイユ:「このオスタード・・・飼い主のもとに連れて行こうとしているんじゃない?」 ライカ :「そうかもしれません。しかし、この方向だと、砦にとても近づいているようです。・・・もしかすると、砦の中なのかも・・・」
と、開けた視界に一行は息をのんだ。そこは、つい先日戦いがあったばかりの、「戦場」であった。血のにおいと腐敗のにおいが、一行を包む。 ミレイユ:「これは・・・」 ウレス :「かなり大規模な戦いがここであったようですね。しかも、マケドニア軍と、ハイランダーとの・・・」
ちらと、ウレスはルインを見る。 ハイランダーの死体を見たら、ルインは気分を悪くするのではないか。
自分は軍人として訓練されてきたけれど、「死」に直面したことのないこの人が、同族の死にどんな気分になるか・・・。 しかし、ルインは、それ死体をあさりに来ている村人のほうに目を奪われていた。 死屍累々の上を歩く数人の村人。よく目をこらせば、あちこちで追いはぎ行為をしているではないか。 その村人の目のほうが生きているとは言い難かったからだ。うつろに、しかしめざとく死者の持ち物を調べて回っていた。 生きるのに精一杯があるがゆえ・・・それを誰も責めることはできなかった。
しかし、その場でぐずぐずしているヒマはなかった。向こうからマケドニア軍の騎兵がやってきたのだ。 彼らは村人を追い払っていたが、プリンセスガードのウレスがいることがわかると、逮捕し、城内に連行しようとした。 兵士は仲間を見回して、言った。
兵隊:「そいつらもウレス殿の仲間か。ならば一緒に連行する」 ウレス:「違う、仲間ではない。見知らぬものどもだ」
ガルギス:「・・・」
ウレスは、仲間をかばい、嘘をついた。 ガルギスはウレスの気持ちを考えて、何もいわなかった。
ミレイユ:「ウレス、そんな水くさいこといわないでよ。私たち、仲間でしょう? ・・・兵隊さん、一緒に連れて行って」 兵隊:「わかった、みなさん来てもらおう。
・・・ウレス殿、あなたは、立派な仲間をお持ちのようだ・・・」
ウレス:「・・・」
その後、またまた(笑)牢屋に閉じこめられた一行は、明日の命ともしれずに、2日間を牢屋で過ごした。
しかし、2日後になぜか見張りが手薄になった。これが好機と隙をついて脱出した一行だったが、広場で公開処刑されるハイランダーの戦士、エルヴィンを見てしまった。 傷つきながらもエルヴィンが「嵐の神」をたたえる歌を歌う姿に、ガルギスとルインは立ち止まってしまった。 ガルギスの服の裾を、ルインがぎゅっとつかむ。
ルイン:「ガル・・・どうしたらいいの?」
そんな2人を見て、ミレイユがたしなめる。
ミレイユ:「見るのは、やめよう。つらくなるだけだから。 ・・・まず自分たちが助からなければ、何も意味がないじゃない」 ガルギス:「わかってる・・・そうしたほうがいいってわかってるけど、そうも行かないんだ!」
そういうと彼は、背中の剣を抜き、群衆の中を走っていった。
ミレイユ:「ガル・・・ったく、もう、アンタの背中を守る身にもなってよ!」 そのあとを、怒るミレイユと苦笑しているライカが追う。 そして、なにかを決心したような面もちのウレスが追った。
ルインも、無我夢中で皆の後を追った。 自殺行為とわかっていても、飛び込まずにはいられなかった。 そして、母に祈った。 顔も知らぬ母に。
あたしに、力をください、母よ、「嵐の神」よ。
「符蝶」は、ルインに思わぬ力を与えた。 とたんに、杖から出た一陣の風が処刑場に吹き抜け、処刑人は一瞬顔を覆った。 その瞬間にエルヴィンのオスタードが場内に駆け込んできた。
それを合図とガルギスらも場内に飛び込み、処刑人をなぎ払う。それら青年らの剣をもって、エルヴィンを助け出したのだった。
城内から抜け出しても、すでに相当の数の当然追っ手がすぐそこまで来ていた。 万事休す、というところで、ルインのオスタードに一緒に乗っていたウルじいさんが呪文をかけると言ったのだ。 ウル:「よいか。わしが呪文で助けてやるから、しっかり目を閉じておくのじゃぞ」
しかし、<フライ>の呪文で、仲間を空に飛ばそうとしたウルじいさんの呪文は失敗してしまったのだ。ガチンと大きなことがしたかと思うと、兵士の大半とウルじいさん本人を、大きな「エビフライ」に変えてしまったのだ。 ライカ:「ウル・・・さん!?」
残った兵士は、それでも任務を全うしようと、ウレスらに攻撃を仕掛けてきた。
ルイン:「あたしも、戦います。これ(ウルじいさんだったエビフライ)、預かってください!」 ライカ:「・・・いいけど・・・(笑)」
ウルじいさんだったエビフライをもったライカ以外で、何とか兵士を追い返すことができた一行は、ハイランダーの一族に戻るエルヴィンと別れ、アムリタへと向かっていった。エルヴィンは、ルインの母親や羽根飾りの杖について何か知っている様子だったが、それについて語ることはなかった・・・。
|